周りの人を見ていると、普段から何かしら安心を探して行動しているようです。
直感的に不安を危険と感じれば、避けようとするのは自然なことで、決して特別なことではないのですね。
たとえば、カラダに異変が起これば病院に行き原因を突き止めようとしますし、大きな事故に巻きこまれたらどうしようと思えば先に保険に入っておくなど、まず無視はしません。
今回、私は、福島原発事故は、直感的に危険を感じました。
それなのに、放射能汚染も原発の必要性も、これまでの日常生活ではあまり話題にならず、その結果知識がほとんど無いために不安が大きいにも関わらず、漠然としていて行動を起こし始めるのに時間がかかりました。
きっと同じような方が沢山いらっしゃると思います。
漠然と思っていることも、「書く」「話す」など、自分で言葉にすることで輪郭が見えてくることがあります。
ネット上の人たちの動きをみていると、それを強く感じます。
私の場合も同じで、沢山の人と話すことで、だんだんハッキリしてきました。
更に詳しい情報が自然に欲しくなり、気づいたら知りたいポイントを絞り込んで情報を探しはじめていました。
今回の原発災害は「想定外」という言葉を繰り返すほどの重大な事故にも関わらず、一般の報道で知ることができる情報はあまりにもお粗末でしたから余計。
ネットの情報は量もさることながら切り口も多様で、新聞もTVもいらないよと感じるほど。
過去の情報を参考にするのも、中途半端に一文だけ聞かされるより、遙かに濃い内容なので、深く考える事ができたと思います。
また、原発の学習会の録画や過去の原発関連の特集はわかりやすく、youtubeで「原発」で検索し「アップロード順」で並べ替えてさがして、しらみ潰しに見ました。はじめは唯々自分自身が信じられる情報を探していたような気がします。自分の気持ちとは真逆の情報も注意深く探しましたが、これは、物事にはかならず「賛成と反対」「デマと真実」があり、今日信じるものが、必ずしも真実でない可能性もあると考えての事でした。
そして、今現在、信じられるのは、人の命に対して常に誠実である人と、不屈の精神を持って続けられてきた研究の成果と報道。
それから、自分自身の母としての直感。
ネット利用者ではない人達との温度差から、無力感を覚えて凹んだりもしますが、まだ知らない不安を知ることで自分を奮い立たせ、子どもたちを守る道筋を見つけていきたいです。
福島原発事故から4ヶ月経ち「何もしないではいられない!」一層強くなりつつあります。
自分自身の素直な気持ちを無視せず、今をできることから行動したいと思っています。
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